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鉄砲と弾と木の穴と~横手で触れる戊辰戦争~ その2

■「八重の桜」でも大プッシュの鉄砲を眺める

「八重の桜」では、会津藩の砲術師範・山本家の娘として生まれた八重、そしてその兄の覚馬、八重の最初の夫・川崎尚之助などを通じて当時の鉄砲のあり方が描かれている。ゆえに、このドラマにおいて鉄砲を見ない回はない。
それまでの刀や槍、弓といった戦法から、本格的に鉄砲を使用した戦法への移り変わり。それはすなわち、新たな時代の幕開けを暗示しているのだ。

その時代の象徴ともいえる、戊辰戦争時代の鉄砲がこちらである。

戊辰戦争銃
戊辰戦争時代、というか、実際に戊辰戦争で使われてたらしい

戊辰戦争銃弾
弾丸と弾丸入れ。弾丸が真ん丸なのにも驚いたが、弾丸入れにしっかりと佐竹の家紋が入っているのに感激。

ドラマだと、どことなく遠い昔の架空の話のような感覚に陥ってしまい、なかなか事実として受け入れられない節もある。しかし、こうして保存状態の良い実物を目の当たりにすると、そう遠くない過去の現実の出来事なのだと実感する。

八重の兄・覚馬は、ドラマ内で、蛤御門の変において薩摩藩が使っていたライフルを見て、「わー、ライフルだー!!」と大興奮していたら攻撃されて怪我をした、と描かれていた。

私も「わー、ドラマと同じ時代の鉄砲だー!!」と大興奮していたが、攻撃されなかった。
平和な平成の世に乾杯。

こちらは、先日の記事でも登場した「雄物川郷土資料館」の常設展示のコーナーで見ることができる。

■鉄砲の威力を至近距離で感じる

では、これらの鉄砲。その威力はいかほどのものだろうか?
それを知るには、ここを訪れるとよい。

横手城
まいどありがとうございます。

横手市民の憩いの場、横手公園。そしてそこにそびえたつ横手城。
前述のとおり、横手城は戊辰戦争における「横手の戦い」の際、庄内藩・仙台藩の攻撃により炎上・陥落してしまった。ゆえに、この城は再建されたものである。

(ちなみに横手城はあくまで久保田城の支城であり、殿様がいたわけではないので、このような天守閣があったわけではない。横手公園整備の際、この横手城を天守閣のある城として建てることに関して「史実と違うではないか」と一悶着あったとかなかったとか)

とはいえすべてが焼け落ちたのではなく、その一部が今も残っている。

秋田神社
秋田神社といいます。

横手公園の敷地内に、ひっそりとたたずむこの神社。
本来はこの地が横手城の本丸であった。
そしてこの秋田神社、焼け落ちた横手城の木材を使って建立されているのである。
なので、よく目を凝らすと、当時の銃撃戦の痕跡を発見することができるのだ。

銃痕
穴。

木のうろにしてはやけに人工的なこの穴。
実は、横手の戦いにおいて発砲された銃弾の痕なのである。

銃痕2
別の弾痕。きれいなまんまる。

頑丈な柱の奥深くまであけられた弾痕。雄物川郷土資料館で見た型式の銃によって発砲されたものなのかは不明だが、戊辰戦争時の銃のパワーの凄さを至近距離で感じ取ることができる。

どのくらいの穴なのだろう?と指を突っ込んでみたら、私のわりと太めな11号サイズでもガバガバだった。
ためしに隣にいた夫・たくやを指で思いっきり突いてみたが、激しく痛がっていたので、スピードにも大きさにも勝る当時の銃弾が飛んできたら確実にやられていたのだろうなと実感した。
平和な平成の世に乾杯。

また、この神社は、横手の戦いにおいて戦死した21人の城士を弔う目的で建立されたのだそうだ。
手を合わせて、当時を偲んでみるのもよいだろう。

■ああ戊辰戦争

多分「八重の桜」における戊辰戦争は、会津戦争時に、スペンサー銃でゴルゴ13かシモ・ヘイヘかっていうくらい、敵陣をバッキュンバッキュン撃ちまくって会津城を守った八重の大活躍がメインとなって描かれることは確実だろう(っていうか、NHKで予告してたし)。

一口に戊辰戦争といっても、全国規模で繰り広げられた新政府軍VS旧政府軍の戦いであり、全国各地にその土地の名がついた戦いが複数存在したのだ。

横手の戦いもその一つ。
「八重の桜」で戊辰戦争が出てきたら、変革する時代の波にのまれ、戦場となった横手のことも思い出してみてほしい。

ちょっとだけ、大河ドラマの見方が変わるかもよ♪

【おまけ】

久保田藩家紋
秋田神社にも佐竹の家紋。

久保田藩・佐竹氏の家紋は「五本骨扇に月丸」という。

んでこれ。おんなじ紋が昔から横手にもあったのです。

下内町
ちなみに被写体は実家のパパです。

横手の下内町の紋。私が生まれ育った町内である。
下内町は旧町名で、現在では複数の町内に区割りされてしまっているが、元は一つの大きな町内として存在していた。

で、その下内町というのが、横手城にお勤めされている武士の皆様の住居があった地区だったのだ。

すなわち佐竹氏の管轄下だったわけで、その流れでこの地区の紋も「五本骨扇に月丸」になり、現在に至ってるのだ…と思う。

うーん、ごめんなさい勉強不足で。
断定はできないんですけれど、そうした時代背景からそうなのかなー?っていう予測なんですけど、ご存知の方いたら教えてください。

昔、町内の人がノリと勢いで「めでてぇから日の丸のマークにしようぜ!」って決めたと思ってて、それだったらなんて恥ずかしいんだ…と一人悩んでいた時期もありましたが…

これ、佐竹さんとこの家紋…だよ…なぁ…?


(アケヲ)



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Tag:コネタ  Trackback:0 comment:0 

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Author:OFFICE WAY
ひょんなことから結成された、はいぱぁくりえいたぁ集団。
真面目な学習系セミナーからお笑いの舞台までオールマイティにこなし、地元秋田県横手市に笑顔をもたらすことを生業とする。
「真面目に馬鹿をやる」が座右の銘。

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